もし高校野球の女子マネージャーが「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を読んだら

 鼻で笑って相手にしないのが普通。
 万が一気が違って本気にし、行動に移したとしても、世界は何も変わらない。
 なぜなら失敗しても野球部は存続し続けるのだから。


 初めて読んだ時腹が立って仕方がなかったのですが、なぜ腹が立つのか理由を言葉にできずイライラし、嘔吐・下痢などの症状に悩まされ、ヘルペスが顔面中を覆うという悲惨な有様だったどうしようもない私に突然天使が降りてきて教えてくれたのです。
 今になって考えてみると、答えは単純でした。
 とんでもねえご都合主義で他人を啓蒙しようとしている姿勢に虫酸が走ったからです。


 たとえば、野球部の定義付けをしたあとに、こんな地の文がでてきます。

 こうして、野球部の定義が定まった。次いで、目標もすぐに定まった。それは、「甲子園に行く」ということだった。(P57)

 で、「定義と目標が決まったことを受け、みなみが次に取り組んだのは、マーケティングだった」そうなのですが、順番逆じゃね? しかもその次のページでは、舌の根も乾かぬうちに「「野球部を甲子園に連れていく」という自分の欲求」とか言ってるし。欲求なのか目標なのかどっちなんだよ。まあ、今まで甲子園どころかよくて3回戦止まり(注:舞台となる高校は西東京地区にあるので3回戦だとベスト64くらい)で、しかも物語が始まった当初は部員23人中5人しか練習にこない状態だったことを思えば、どう転んでも個人の欲求、つまり願望だということははっきりしています。要するに「根拠も方法もないけどがんばって上半期の売り上げを前年度比50%アップします!」とか言ってるのと同じ。言ってるだけでできるなら誰でも言うし、逆に言えば言うだけでは何の意味もない空虚な言葉。確固たる手段はないけど、その手段を求めて努力・挑戦を決意しますよ、っていう言葉です。ただ、結果は保証しません。この本では「「顧客に感動を与えるための組織」という野球部の定義に最もかなうから甲子園出場を目標にしました!」ってなってるんですけど、まあ、甲子園出られなくても誰も死なないし野球部は存続するし。企業だったら潰れたり赤字になったりしたら大事ですが、野球部だとそんなことないもんね。この本も1年で甲子園出られなかったら廃部とかそういうのにすれば良かったのに。


 そもそも本の著者が「組織の定義付けをするのに楽だった」「目標(という名の願望)を考えるのが楽だった」から野球部をテーマとして選んだとしか思えないあたりも腹立つんですよね。そりゃ高校の野球部の定義って言えば感動を与えるっていうのが一番耳障りいいし(朝日新聞とかNumberとかもこういうの大好きだよね)、高校の野球部の目標って言ったら甲子園しかないよね。これってビジネス書でしょ? サラリーマンに対する啓蒙書として書いてるんでしょ? なんでそんなに安易なの? 目標(という名の願望)が「そりゃそうだよね」って百人中百人言うような組織で書いて楽しいの? まあいいや。で、ヒロインであるところのみなみは個人のカンで決めた組織の定義に従って、これまた個人のカンで決めた「甲子園に行く」という願望に従い、個人のカンのまま(もうちょっと言い方変えると「ドラッカー様のお導きのままに」)マネージメントをしていくわけです。


で、今更ネタバレも無いと思いますが、野球部はこの後、ドラッカー様のお導きに従ったみなみのおかげでメキメキ力をつけ、西東京大会で優勝します。ご都合主義だから仕方ないんですけど、ドラッカー様のおかげで練習効率がメキメキ上がります。たとえば、このくだり。

 例えば、ロードワーク(中略)の責任を走塁担当に持たせるようにした。
(中略)部員一人ひとりのタイムを測り、その合計でチームごとの成績を競わせていたのだが、どうやったらチームの成績があがるか、各チームの走塁担当に考えさせたのだ。
(中略)
『マネジメント』には、こうあった。


  自らや作業者集団の職務の設計に責任を持たせることが成功するのは、彼らが唯一の専門家である分野において、彼らの知識と経験が生かされるからである。


 この言葉に従って、みなみは、部員一人ひとりの知識と経験を、それぞれの専門分野で生かそうとしたのである。
(中略)
 たとえばロードワークだったら、成績の推移を記録し、グラフ化して渡すようにした。それは、チームごとの成績もそうだし、各部員についての成績もそうだった。そうやって、成果についての情報を積極的に与えることで、彼らの責任をより明確にさせたのである。

 そして責任者のもと各部員はメキメキ力をつけていきます。そこには挫折も葛藤もありません。効率の良い練習さえすれば野球の能力はメキメキ上がっていくという神話に基づいた物語です。どうやったらそんなふうにできるのかでみんな悩んでいるのにね。いいよね脳内ですべて完結できる人はね。しかも何が恐ろしいって、各ロードワークチームの責任者は、どうやれば各部員の足が速くなるかを自分で考えさせられるっていうのがなおさら恐ろしい。責任者であるはずの監督は何もしない。「部員の足を速くする」っていう目標は確固たる指導法があってこその目標だと思うんですが、それを部員に丸投げです。これって会社だとチーム長に「改善して効率化しろ」とだけ言って成果を求めてるのといっしょじゃん。どうすればいいのかっていうのを聞きたいんですけど。それやって野球の成績が上がると思う著者はバカだし、業績が上がると思う経営者もバカです。


ちなみに、このご都合主義は野球部が甲子園行くまで続くんですけど、これって著者の能力不足だと思うんですよ。ちゃんとしたストーリーが書けない状態で、免疫のないドラッカーに汚染されてしまった、っていうみじめなストーリーです。イノベーションって言えば飛躍的に野球の勝率あがっても問題ないんだもん。イノベーションとか言って劇的に改善する方法があるなら教えて欲しいですよ。この本では「送りバントしない」「ボール球を投げない」の2つで甲子園まで行きましたけどね。この本に出てくる野球部を甲子園に出場させるようなイノベーションっていうのは勝敗をジャンケンで決めるようにルール改正することだと思いますが。


 内容は「」(かぎかっこ)に入った会話ばっかりでペラッペラ、すぐ読めます。こんなんでベストセラーだからいいよなあビジネス書は‥‥‥あ、一番腹立ったのこれだ!